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2018年3月 4日 (日)

「クレジットされなかったカード」の記載にIOTAの素晴らしさがわかります

10年くらい前までは毎年1月のIOTA追加申請審査後に返送されましたQSLカードにCP JA の中嶋さんから送付状兼審査結果表を同封して送られてきていました。そのなかに「クレジットされなかったカード」の項目がありました。
 
IOTAをやるぞと決めましたのは1997年4月にCQ出版社に日本語版IOTA Directoryを注文し、届いた5月からであります。アパマンアンテナで3年間ほどDXCCを楽しみましたがコンディションに恵まれて7バンドでDXCC100エンティティを完成し、トータルでも250を超えましたので次の目標をIOTAチェイシングにしました。
 
当時はまだIOTA局がでてきてもコールする局が少なく、意外と簡単に交信できることが続きましたのでとても面白いと感じIOTA Directoryを深く読み込むことが多くなりました。
 
当時のRSGB IOTA CP JA担当のG3ALI Ray SmallさんへIOTAmemというフロッピィで管理できるソフトを注文したり、毎日楽しく充実したIOTAライフを過ごしはじめました。このIOTAmemはIOTAプログラムにおけるIT化のはしりでした。
 
1997年12月にCP JAにJA9IFF中嶋さんが就任され、Rayさんへお別れのメールを送った記憶があります。そして、1998年1月末に172枚のQSLカードを中嶋さんへ書留で送りました。返信も書留依頼にするようにマニュアルどおりに進めました。かなりの送付料金でした。
 
チェックが終わり、無事にQSLカードが2月初めに戻りました。中嶋さんからの送付状が添付されていました。その中に「クレジットされなかったカード」という項目がありました。なんと2枚が否決されて愕然としショックを受けました。
 
2年目以降は理解したために動揺はなく残念でしたと思うようになりましたが、初回の時はとてもショックだったことを思い出します。
 
Dsc00395_2 (写真)中嶋さんからQSLカードと一緒に送られた送付状(クレジット結果報告書)です。当時は申請者全員に作成し返送されていました。申請者が増えるにつれてたいへんな作業だったと思います。
 
ここに私が中嶋さんから受け取った送付状中の「クレジットされなかったカード」をご紹介します。1998年から2006年分までの9年分を保管しています。この理解がさらにIOTAプログラムの素晴らしさを学ばせてくれました。以下、クレジットされなかったカードです。
 
1998 Jan 31
①AS-117 JG6URG/4 移動地が記載されていない。
②NA-058 K4II/4 はRSGB IOTA委員会より非対象の島との判定。
 
1999 Jan 30
①AS-059 UA0IAS/0 はRSGB IOTA委員会にて審査中のためクレジットできず。
 
2000 Jan 30
なし
 
2001 Feb  1
①OC-202 DX4RIGは委員会への必要書類提出がないのでクレジット保留
 
2002 Feb  1
①EU-136 9A0A がEU-170へクレジット変更のため
②OC-240 P29VCRはOC-153 P29VHXがOC-240へクレジット変更のため重複
 
2003 Feb  1
①OC-251 VI3JPI はまだ書類審査が終わっていないため
 
2004 Jan 28
①SA-071 PS2I Santo Amaro Islandはクレジット対象外の島
 
2005 Jan 31
なし
 
2006 Jan 31(自己出力)
なし
 
申請データを当初はIOTAmemのFD送付、そしてIOTAmem4Winに変わりました。おそらく2007年以降は島名入力を必須とし間違いを除外する機能を持ったために事前に防止されたのでしょう。この「クレジットされなかったカード」という言葉が死語になりました。
クレジットされなかった理由は次の通りです。
 
1998年の①AS-117 JG6URG/4はQSLカードの島名に「Honshu's coastal Islands」とグループ名のみが印刷され、実際の島名が不明でありました。
1998年の②NA-058 K4II/4は学生時代に使用していましたJH6DVLで交信した分のQSLカードでした。IOTA DirectoryのNA-058には「(Note:not Isle of Hope, Skidaway, Tybee, Wilmington)」とあり、4島ともにアメリカ本土と400メータ以内の距離に存在していました。
 
1999年①AS-059 UA0IAS/0は他にもAS-044とAS-069 Ionyがありましたが、ご本人のVladさんが島への上陸証明をRSGB IOTA Committeeに未提出のため対象外となってしまいました。私はVladさんへ手紙を送り返信の手紙をいただきました。
 
「何故、上陸証明をわざわざ出さなければいけないのか理解できない」と怒っていました。しかし、IOTAプログラムの厳格さを体感し、IOTAをますます好きになりました。
 
2001年①OC-202 DX4RIGは2000年4月に交信し、同年9月にQSLカードを受領しました。そして翌年1月に申請し却下されました。理由はDX4RIG側がRSGB IOTA Committeeへ上陸を証明するエビデンス等を2001年1月までに提出していないことが原因でした。
 
そのため、1年遅れの2002年にクレジットを受けることになりました。上記のUA0IAS/0も含めてRSGB IOTA Committeeから郵送でエビデンス提出の依頼を必ずされていることもわかり、ますますIOTAが好きになりました。とても厳格なプログラムです。
 
当時はまだメールアドレスを利用できないケースもありましたが、現在はIOTA Validation TeamのK3EST Bobさんがこのエビデンス受領のための役割を担われています。ご本人にお話ししましたら85%くらいの返信と言われていました。15%はIOTAとして認められないことになると思います。
 
2002年のクレジットは1年半前の2000年7月に40~50件ほどの新IOTAが誕生しました。ほとんどが従前から付番されましたIOTAからの分割です。
 
①EU-136 9A0Aは、EU-136より分割してEU-170が誕生しました。2000年7月交信、同年10月受領2001年1月にEU-170 9A/OK1FUAにてクレジットを受けました。EU-136とカードに印刷された9A0AのQSLカードをEU-170にシフトしたことがわからず提出したために重複しました。
 
②OC-240 P29VCRはOC-153 P29VHXにてクレジット済み分が分割によってOC-240へクレジット変更され、重複したためアウトとなったものです。
 
2003年①OC-251 VI3JPIは2002年9月に交信、12月にQSL受領、翌年1月に申請しましたが、エビデンスの提出をVK3QI Peterさんが遅れてしまい翌年にまわされる結果となりました。
 
2004年①SA-071 PS2I Santo Amaro Islandも少し特殊で、2003年8月に交信、同年11月にQSL受領し2004年1月に申請しました。しかし、南米本土と400メール以内に変化したことが 判明し、2004年中にこの島が取り消されることが決定していました。
 
現在はSA-071に「(Note:not Santo Amaro)」とIOTA Directoryに記載されています。
 
IOTAプログラムは分割によって新しいIOTAを誕生されることを5年に1回実施していますが、分割によって①そのままのIOTAで残る、②新しいIOTAへ移り旧IOTAを失うことがあります。ご理解をいただけると今後のIOTAチェイシングにとても役に立ちます。
 
IOTAプログラムはよく考えて作ってあることがわかります。:現在はPC利用の申請となり、事前にチェックされるために申請したがアウトになったということはなくなりました。なぜパソコンに入力できないかと、事前チェックに変わりました。

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