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« IOTA-KL7 Wanted list 2020 作成中 | トップページ | IOTA-KL7 Wanted list 2020 完成 »

2019年12月13日 (金)

遠ざかるYB-IOTA

私はJN6RZMにて1994年1月に開局しました。来月で26年になります。設備はマンションの4階南側ベランダから振り出したAPA-4(約12メータハイ)と100ワット機で聞こえる範囲で無線を楽しんでいます。台風や悪天候時にはベランダに出て太めの釣り竿のようなAPA-4を90度回転させてベランダの中に収納します。4本のキャパシティハットのエレメント1本が洗濯物を干しづらいとのことで当初から外しての運用です。

最初の3年くらいはSSB運用はほぼ行わずCWオンリーでした。CWノートを作成し、家族の紹介の仕方、天気の紹介の仕方などなどと英語力を高めることを楽しみました。交信したDX局を管理する目的でCQ出版社発行のDXersノートブックを購入し、結果的にDXCCベースで管理することになってしまいました。7、14、21、28MHzに加えWarcバンドもAPA-4に乗せて数年で7バンドでDXCCを達成してしまいました。

そこに日本語版IOTA Directoryが1997年4月30日にCQ出版社から届きました。DXCCの二番煎じと考え絶対にIOTAに手を出さないと決めていたのですが読みこなすとまさに目から鱗の状態になってしまいました。さらに巻末のIOTAリストへ保有しているQSLカードから記入するとぐいぐいとはまってしまい気持ちが高ぶってしまいました。学生時代のJH6DVL分のQSLカードにも手を出して加算することができました。

当時イギリスのIOTA CP JA担当のG3ALI Rayさんへお手紙を送りIOTA管理のためのFloppy Disk "IOTA Mem"を注文しましたがとても丁寧な応対に無線で繋がる以上の喜びを感じたりしました。

IOTAをやると決心した1997年から21260でYB局が盛んに出ていることに気づきました。IOTA Meeting frequencyです。すぐにここをワッチしておけば簡単にいくつものYB-IOTAと交信できることに気づきました。それまでCWオンリーでSSBは絶対にやらないと決めていましたが特例として21260と14260のみSSBでよいことにしました。数年使用していなかったマイクを探すのに半日かかったことを記憶しています。

2000年12月にNA-019 KL7QK Kodiak Islandを14260で取り逃がしたために初めて電子メールを使用し、KL7QKへSkedのお願いメッセージを送り、年明けに見事に交信出ました。これを境にパイルに勝てないアパマンハムから、QRZ.com中の検索機能を利用してEU/NAを中心に島に住むIOTA局を探し出しメールによるSked提案を行い、多くのNew one獲得に成功しました。

ただし、そのほとんどは一回で交信に至らず数回、十数回、数十回、また期間も1か月、半年、1年、2年もSkedを行った局もありました。結果として50IOTAを超えるNew oneを得られています。3年ほど前のデータですが、IOTA700アワード取得時に256件の1/3が島の固定局でした。もちろん、未交信の島から去っていく局もあれば、新しく開局するなどと増減が常時あります。

1997-2000年はYC8TXWが毎晩のように21260を騒がせてアクティブに活動していました。YB9BUやYB8XMなどが旧コールのYC9BUやYE8XMにてつられて21260にオンジエアしていました。ところが2001年にインドネシアでインフレが起きて石油関連が高騰しました。このころのSASEのGSは1USDから2~3USDへ跳ね上がりました。私はIBRSで物価の値上げに対抗したりしました。回収率は高かったです。

2000年のNew IOTA誕生時期にOC-268 YB7からOC-269、OC-270、OC-271、OC-272、OC-273、OC-274、OC-275、OC-276の9つのIOTAがインドネシアに誕生しました。しかし、インフレによる物価の高騰、特にガソリン代が極端に高騰した記憶がありますが、YB-IOTAのアクティビィティはNew IOTA誕生に反して一気に落ちてしまいました。

インドネシアの電子メールのプロバイダーのシステム脆弱性と海外からのSASEが紛失するケースが多くYBからのQSLカード回収は皆さんとても苦労されました。その様な中、IOTA DXpeditionにアクティブでしたYB9BUへ初めてドネーションを清水の舞台から飛び降りるつもりで1万円をKadekさんの奥様の実家あてへ送りました。

国際郵便為替を利用し送料1000円を含め11,934円を送金しました。2004年6月のことです。希望はOC-217 Kangean Islandでした。YB9BUは見事に約束を守ってくれ、2005年3月にOC-268 YB8MをMoresses Islandから世界中にサービスしてくれました。

さらに私が運用を希望しましたOC-217 YE3K Kangean IslandをYB3MMのチームにより、同じ2005年3月に実施してくださいました。これで、YB9BUとの距離はとても近づきました。それらのQSLカードを受領した2005年6月にYB9BUから新しく2000年に誕生して未運用プランを持っていますYB1TC Kardiさんの紹介をいただきました。

2005年9月に実施されたOC-269 YE7P Karimata Islandと2006年3月のOC-270 YE6P Simeulue Islandでした。YB1TCとは2005年から2006年にかけて3日のうち2日の割合でメール交換をするほどの関係になりました。また、JA有志がそれぞれドネーションを送ると1000円の手数料がかかるために私がまとめて送ることになりました。QSLカードもvia JN6RZMでドナー全員分を受領し転送しました。

IOTAオセアニアはここまでが運用順にIOTA番号が付番されました。運用プランを事前に当時のRSGB IOTA Committeeへ提出します。実際の運用開始時には新しいIOTA番号はなくNew IOTAのみのアナウンスです。運用中に英国在住のIOTA役員と繋がり、そこで新しいIOTA番号であるIOTA OC-270と付番されます。新しい番号を付番された途端に運用側は大喜びしIOTA番号をアナウンス開始しました。

残念ながらクラスターの発達により、勝手に次の番号を書き込む局が出て順番違いで混乱する事態がアジア地区で起きてしまいました。その対処としてIOTA委員会によりProvisional IOTA番号が残りの未運用に付番されました。OC-XXXからOC-271P Babar Islandの表記に変わりました。Pが外れる条件である大陸数と局数が年々増加していきました。広く世界中にサービスできるようにとの願いからです。2007年からか。

併せて2006年4月のOC-161 YE6N Nias Islandの運用支援もYB9BUの仲介で実施できました。ところがこれを最後にYB-IOTAの運用は2006年5月から2012年初めの6年間ほどほとんど音信が途絶えてしまいました。

仕事をリタイヤしました2012年にYB8XM JoppyさんへOC-157 Banda Island運用の提案に入りました。JA friendsからの支援もいただくことになり、リグの調子が悪いとの返事に対しJA有志の中から使わなくなったFT-847を送ることになりました。OC-157 Banda Islandからの運用を阻害するものはすべて取り除いたと思いました。

ところが、当時のBanda IslandはYB8XMが住むOC-070 Ambon Islandから渡島すると帰り着くのが1か月後になるような環境でした。現在は大きく変わっていると思います。そのためProvisional IOTAであるOC-271P Babar Islandへ行ってくださることになりました。2012年11月に実行してもらえました。QSLmgrになられたYB9BUからも移動用のリグ希望があり、New IOTAのサービスをしたいとのことになりました。

YB9BUへもJA friends有志の中からIC-706mk2の中古提供があり、皆さんの貴重な寄付によりその修理及びメンテナンス費、送料として2006年11月に送りました。ところが、YB9BUは健康を害し入院、その上に彼のメール受送信の状態も悪くなり連絡方法が無くなってしまいました。特にドナー分QSLカード回収が滞ってしまい結果的に2013年の5月に全員部受領で2名コールミスがあり再取得に苦労しました。

2013年はYB5NOF Johnさんへ提案し、OC-208 Banggai Island YE8Pへ行ってくださいました。このころからYB4IR Imamさん、YB8RW Dinさん、YE1AR exYF1AR Budiさん、そしてYB3MM Adhiさん等がアクティブに活動してくださり、2015年4月のOC-274P Bingkudu Island YB4IR/8 YB8RW/PにてYB-IOTA59番目のペディションによりYB-IOTA完成局に多くの局が到達しました。

毎年ごとにIOTA-YB Wanted listを作成、ご提供し、各YB-IOTA移動運用を把握させていただきました。JA Friendsには資金面で大きなご協力をいただきました。2015年くらいからPayPalが普及し、ドネーションギャザリングの意義が低減し、さらにClub Log Matchingの普及によりQSLカードの一括受領の意義も薄れていきました。ここでJA Friendsからのドネーションギャザリングを終了することになりました。

2016年までYB-IOTAのペディションブームは続きましたが翌2017年に入ると厳冬の時代が始まり現在に至ります。

2019年11月にはOC-237の提案をYB3MMなどへ行いました。OC-269 YE7PとOC-270 YE6PのQSLカード回収のためのYB1TCの連絡方法などをYB5QZなどへ問い合わせしていますがご挨拶を含む返信をほとんどいただけない大昔のYB-Landに戻ってしまったようです。そんな折、10月に6年ぶりにYB9BU Kadekさんから連絡がありました。

最後の対応としてYB1TCを2005年に紹介いただいたYB9BUへ一昨日にサポート依頼をしました。昨日に「頑張って探してみる」と戻りました。さらにこの朝にYB9BUから「ところでHFの運用ができずにいる」とメッセージが届きました。予想していた通りHFリグの寄付希望が届きました。はて、どうすべきか。もう時代が変わってしまったように思っています。

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