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2020年11月20日 (金)

「CQ誌になぜかIOTAコーナーが無い」とのメール

この朝にIOTA申請準備中のOMさんからメールをいただきました。内容は「CQ誌にIOTAコーナーがないので作ってほしい」という要望でした。

私は1994年1月に開局し、DXCCに準拠してアパマンハムとして楽しんでいました。情報はすべてCQ誌からDX情報を入手しました。1995年にイスラエルの局から「IOTA nr?」と問われたことが初めてIOTAを知るきっかけでした。JA6はたくさんのIOTAを保有しているためにJA6局と交信するごとにIOTAナンバーを確認していることもわかりました。そのころからCQ誌ではJE1DXC三原さんがエディターとしてIOTAが紹介されました。

当初から、「IOTAは単なる島、DXCCは国をやっている」と変なプライドがIOTAを避けさせ、三原さんの記事には深く入り込むことはありませんでした。しかし、いろいろな要因がありDXCCでのカウントも3年くらいで行き詰ってきました。CQ誌に毎月のように「日本語版IOTA Directory 1997申込書」が三原さんの記事に合わせて掲載されていました。「単なる島だもんね」とパスしていましたが、1500円分の切手で申し込みました。

巻末のIOTAリストにログや取得したQSLカードを書き込む、わからない点をIOTAルールを調べNew one for IOTAを見つけると飛び上がって喜ぶほどでした。しかもIOTAルールでいろいろなしっかりした基準を設けてあることなどに触発され、「これは面白い」と一気にIOTAへ突き進んでしまいました。

1997年の終わり頃にイギリスにあるRSGB IOTA CommitteeによりIOTA CP JA(チェックポイント)がアジア初でJA9IFF中嶋さんが担当されることが発表されました。JE1DXC三原さんじゃないんだとか、CQ誌のエディターも1998年中くらい続き、いつの間にか消滅してしまいました。

その後は数年に1回程度、ときどきJA9IFF中嶋さんがIOTA記事を投稿されていた記憶があります。2016年1月に中嶋さんからの依頼で、CQ誌からIOTAの記事投稿依頼がきた。多忙のため代行執筆をお願いしたいと、期限が迫ったために暇そうな私に依頼が着ました。2016年3月号に「小さな設備でも楽しめるIOTAの魅力」というタイトルで掲載してくださいました。

CQ誌の担当の方とも仲良くしようと考えましたが担当替えにより不通となってしまいました。

以上が私のCQ誌にかかわった歴史(?)であります。IOTAのことはたくさん勉強しましたが、残念ながら11階建てマンションの4階ベランダのAPA-4からでは遠くのIOTAは聞こえず、聞こえても飛ばず。オセアニアのIOTAはほとんど交信できたのですが、NAの北東部、SAのアマゾン川河口、AFアフリカ方面全域はみっともないほど聞くこともできておりません。従いまして、それらの情報の土俵に上がることもできません。

ドイツの友人でありますDL5ME Marioさんが昨年からドイツの無線雑誌にIOTA-DLのランキングリストの資料を送ってくれます。このブログでご紹介するのみで終わっています。これと同じようにIOTA-JAのランクリストをCQ誌に掲載できると良いなと思っている程度で時を過ごしております。

 

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