OC-038 ZL7TからIOTA ZLsへのチャレンジ
qrpにてIOTA chasingを楽しまれていますJG1UKW宮嶋さんのブログに表題のOC-038 ZL7Tのログサーチ情報が掲載されていました。交信はしておりませんでしたが、そこからZL7Tのhome pageへ入り込み、何を勘違いしていたのか「ZL7TのZLチームによるペディション」ということが分かりました。NZ,G,Wの混合チームですが、NZの若いハム数名も含まれた写真が掲載されていました。http://www.zl7t.com/index.html
私はOC-068 Snares Islands, OC-074 Auckland Islands,そして仮参照のOC-286p Antipodes IslandsとOC-287p Bounty Islandsを残しています。彼らとこの4つのIOTAの結びつきができないかを調べ始めました。今日は6時間ほど調べました。
OC-068 Snares Islandsは1969年12月にZM1BN/Aにて1回きりです。世界中で40名、日本でもわずか1名のcreditedです。
OC-074 Auckland Islandsは、1988年、91/96/97年の4回ほど実施されています。あのCWの名手であるRon/ZL1AMOもZL9AMOにてQRVしています。
OC-286p Antipodes Islands、OC-287p Bounty Islandsはprovisionalであり未QRVです。4つの島とも南極側に近く、上陸許可が必要な島もあるようです。
ZL7TのHPで気になりましたのがJAのドネータです。その中に7L2PGJのコールを見つけました。QRZ.comで調べるとalso ZL2PGJ Korin Tsurutaと記載されていました。「なんじゃこれ」と思って調べてみますとQTC2001webの中に鶴田さんのNZ免許皆伝記を見つけました。http://www.qtc-japan.net/2001/05_overseas/zl/report.htm
免許取得情報とは別に現在のZLを詳しく紹介されていました。ZL1-4のプリフィクスはエリア別ではなく自由にとれること。約3000局が存在し、86のクラブチームにほとんどの局が属していること。ZL7へは毎年交代制でペディションへ出かけることなどがありたいへん面白く読みました。
実は個人的に私は学生時代にNZのWhakataneというところに住むLes/ZL1BGUと2年ほど14MHzSSBにてスケジュールを組んで日本語を教えるほどの仲になっていました。毎週金曜日の1600JSTから1時間ほど楽しんでいました。そのため、金曜日はアルバイトをせず学校から直帰していたことを思い出します。下手な英語で冷や汗を流すほど日本語を教えていましたが、「私はLes Rundelです」の「です」がどうしても納得がいかないと言っていたのを記憶しています。1976年春にご夫婦で日本旅行に来られることとなり、旅程上、西は大阪まででしたので、私が大阪セントラル(?)ホテルへ会いに行くことにしていました。しかし、5月1日付けで熊本の営業所が新設のため、転勤することとなり、残念にも大阪へ行くことができなくなりました。その5月6日に会社のFACOM230-25の立ち上げをやっているときに、「英語で山本さんのことを聞いているみたい」という電話がかかってきました。まさかと思ってでますと、「大阪から熊本まで飛んできた、Shuにお土産を持ってきた」とLesからの電話でした。もちろん熊本YMCAの前で会えました。その後、新婚旅行でNZ行きが決まってから彼に連絡をとりましたが、音信不通となっており、あとで分かりましたが他界されていました。ZL1BGUのコールも他の方になっていました。当時WAZLなどのアワードチャレンジをしていましたがVK-ZL Oceanian コンテストのときはバンド中ZLという局面もありましたね。ほんとうに当時はニュージーランドが大好きでした。
もう一度、NZが好きだったことを思い出してZLのIOTAペディへチャレンジしてみたいと思います。
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コメント
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JN6RZM 山本さん
おはようございます。
素晴らしいお話を聞かせてもらいました。
お友達を超えた友情がお2人の間にあったのですね。
すごいなぁ~、本当に羨ましいです。
投稿: JG1UKW/QRP | 2009年3月21日 (土) 08時46分
その日いただいたお土産は「マリオ族をデザインしたペナント」と、「マリオ族のペンダント」でした。当時の会社の女の子にNZの女性の方をペンパルとして紹介してもらいました。また、数年後にNZ旅行で女房を口説き落とし、すぐにアメリカンコールブックなどで住所を調べたりしましたが、音信不通となってしまいました。10年ほど前にJA6SVP辰元さんからLesが亡くなったことを聞きました。たいへん懐かしい思い出です。NZは大好きです。トライする価値はありますが、Antipodes Islandsには難破船の貯蔵所が作ってあることを見つけました。上陸不可ではなく、緊急避難所的役割となっているようですね。いろいろ調べると本当に面白いです。IOTAの真の部分ではないかと考えます。
投稿: JN6RZM | 2009年3月22日 (日) 09時10分
FBなお話ですね。
Leeさんはそうすると若くしてお亡くなりになられたのでしょうか?
IOTAも山本さんのように深くつっこんで調べると、なかなか奥深い物があることがわかります。
単に1回QSOするだけでなく、その背景も探って理解を深めたいと思います。
投稿: JK1TCV/Kazu | 2009年3月26日 (木) 10時10分
TCVさん、メッセージをありがとうございます。
年が分かってしまいますが、私が24歳の時の出来事です。結構、英会話への度胸はありましたが、Lesはいつもゆっくり喋ってくれました。私の父よりも年上で、リタイヤを記念して奥様とご一緒に来日されました。60は超えていたでしょうね。熊本空港からの電話でしたが、「会いに来たよ」の強い言葉に、引っ越したばかりの寮の真ん前にある熊本YMCAを思いっきり待合い場所に言ってしまいました。そのときのスナップ写真が確かありましたね。
そのころはJAは中高生を初めとして若年層の電話級が主体でしたが、EU/NAは多くがリタイヤ層の方がアクティブでした。
この出来事が「新婚旅行はニュージーランドへ行く」との強い思いになりました。お陰で今のワイフと出会えたのかもしれませんね。(笑い)
投稿: JN6RZM | 2009年3月26日 (木) 17時40分