幻のAS-059,AS-044,AS-069 story
1997年5月にIOTAチェイシングをはじめ、その年12月にRSGBよりIOTA CP JAを任命されましたJA9IFF中嶋さんのお掛けで翌年1月にはIOTA100 Awardをコンファームしました。特にIOTAmemソフトの使い方は懇切丁寧に教えていただきました。
翌年1998年8月にAS-059 UA0IAS/0と交信し、さらに9月にAS-069 UA0IAS、そしてなんと10月にはAS-044 UA0IASと立て続けに交信できました。そして、一番最初にSASEを送りましたAS-059をコンファームすることができました。
1999年のIOTA申請にコンファームが終わったAS-059を提出しましたが、残念ながらIOTA CP JAより受け付けられないとの回答が戻りがっかりしてしまいました。
「AS-059 UA0IAS/0はRSGB IOTA委員会にて審査中のためクレジットできず。」との回答でした。最初は意味が分からなかったのですが、クレジットが10%未満の島を運営した場合は、上陸証明やその島に滞在した証明が必要であり、それが提出されていないとのことでした。
AS-069,AS-044のカード回収はさておき、AS-059 UA0IAS/0をクレジットするために郵送でVladmirへRSGBへ証明書(evidence)提出のお願いを2回ほど送ったと思います。後の方はRSGBへの郵送費までいれて送りました。
ところがVladmirから返信がきたと思いますが、彼は「それらevidence送付を気にいらない。なぜそのようなことをしなければならないのか理解できない。」との返事が返ってきました。困り果ててJA9IFF中嶋さんへ相談しました。下記が中嶋さんからの明確な回答でした。
あまりにも明確なお答えなので本当に嬉しかったことを記憶しています。さらに、RSGBからはVladmirに対して、ルールの説明や証明資料提出の依頼がなされたことを聞いてIOTAプログラムの素晴らしさを知りました。その厳格性にすっかり虜になってしまいました。
その後UA0IAS/0との交信はすべてIOTAにクレジットされることはありませんでした。AS-059とAS-044は別のIOTAペディションにて実施されました。残りはAS-069と私はなりました。さらに調べますとUA0IAS/Vladmirは2008年にSilent keyとなったようです。
このことがきっかけで私はIOTA chasingに没頭していくことになりました。以来、13年も楽しんでおります。AS-069 Iony Islandをぜひ成功させたいですね。
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