JN6RZM 開局満20年
1994年2月20日(土)に前日届きましたミニマルチアンテナAPA-4をセットアップ完了し、オンエアを開始しました。本日2014年2月20日で開局満20年に到達しました。アパマンハム一筋20年です。
1972年7月29日にJH6DVLにて開局し、学生時代のアルバイトでタワー、アンテナ、ローテーターを購入して主にCWでDXCCを楽しんでいましたが、就職、転勤、結婚などで18年のQRT後に再開局しました。CWが忘れられずJA6EGL三宅OMの強い勧めで1993年2月5日付けでJN6RZMの免許を鹿児島市でいただきました。
実家に建て残したタワーにいつも後ろ髪を引かれていましたので、再開局はCWをすることと海外交流が目的のアパマンハムでした。結局、来る日も来る日も21MHzCWとノイズの激しい14MHzCWが中心でした。APA-4で無理やりのせましたWarc Bandを含め7から28MHzの7バンドでDXCC100に3年くらいで到達し、トータルでも250エンティティを超えてしまいました。
私の20年続いた転機は1997年に当時CQ誌で紹介されました日本語版1997RSGB IOTA Directoryを購入したことにより、一気にDXCCからIOTAへ中心が移ってしまいました。まだ、IOTA申請をされているJAが40局くらいでした。Continental Awardの申請もほとんどJAからはされておらず、JA第1号を狙う目標ができていきました。
なによりもIOTA Directoryを時間をかけて読みこなしたことが大きかったです。日本語版はJA3AER荒川OMのご努力により2回続けて印刷されましたが、その多くがツン読されてしまい、DXCCを超えて楽しむ方が多くなかったように記憶しています。
始めた頃は珍しいDXCCと重ならなければ、本当に簡単に取れていました。パイルになることのほうが珍しいと思っていました。当時はEUが開くとパイルが多く、Wを含むNAではあまり流行っていませんでした。
当初よりアパマンハムでの限界を知っておりました。先月1月10日のIOTA追加申請ではわずか7件で、トータル671件となりました。数年前より、件数を稼いで楽しむ方法から1件のIOTA運用を支援し付加価値を高めることにより、たくさんの交流と情報を得ることを中心にした活動に切り替えました。
JAのみならず世界中からのご支援により、大きなプロジェクトにも参加いただいたり、IOTA実施のペディショナーから、その国のその島への質問やアドバイスまでいただけるようになりました。
さて、満25年、30年と今日からもIOTAの楽しみ方を探求していきたいと思います。
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