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2014年9月24日 (水)

OC-188 Pangutaran Island plan 4

私のアパマンアンテナは世界中からの電波をとらえて交信することが極めて困難であります。11階建てマンションの4階南側ベランダから降り出したAPA-4は特定方向は強く、また別の方向はほとんど入感しない傾向があります。しかし、オセアニアだけはなんとかよく飛んでくれます。

 
そのため、IOTA700になろうとしていますが、IOTAオセアニアは残すところ17IOTAとProvisional IOTAのみになっています。2000年のNew IOTA発表を契機に、エクセルのシートごとに未交信のIOTAオセアニアを登録し、得られたIOTA-OCの情報を長い年月をかけてこのシートに貼り付けて管理しています。かなり膨大な情報シートになっています。
 
その時点では47個の未交信のIOTAオセアニアがありましたが、徐々に減って17と9個のProvitional IOTAの計26個となりました。その中で数日後に実施されますOC-188 Pangutaran Islandのシートから、参考となる情報をご紹介します。
 
まず、OC-188は1993年1月にI2YDX/DU8にてQRVされたのみです。21年ぶりのペディションになります。クレジットは4.3%です。日本でクレジットを受けている局はわずかお一人という超レアです。何度かOC-188ペディションの提案を4F2KWT GilさんやVE7DP等に提案しましたが「危険」の理由で実施されませんでした。
 
シートに保管している情報は2010年7月にある日本人がPangutaran Islandでゲリラに拉致され、その取材に向かった日本人記者のレポートです。最もPangutaran Islandを報告していると判断し、保管していました。
 
フィリピン南部スルー州パングタラン島で島内在住の男性が武装集団に誘拐され、フィリピン国軍は7月18日、男性宅で見つかったパスポートから、身元は伊藤敏雄さん(63)(本籍地・広島県)とみられると明らかにした。 在マニラ日本大使館が確認を急いでいる。
  
 軍当局者によると、伊藤さんとみられる男性は16日午後、自宅付近で約10人の武装集団に連れ去られた。別の島に移されて監禁されている可能性もあるという。スルー州は、イスラム過激派組織アブ・サヤフの活動が活発な地域。 
 
 この男性は2004年頃から南部ミンダナオ島サンボアンガとパングタラン島を行き来して生活し、最近はパングタラン島で診療所を開いていたという。 
 
しかし、ブティカを開いていたと謂う程度だったという情報もありどちらかは解らない。私もスルー州に渡った経験はありますが、日本人だと名乗る事の難しさもあり過去の歴史からも余程でない限り日本人である事を伏せて行動してました。この付近では台湾人と名乗った方が受けが良かった。 
 
旧日本軍の財宝探しをしていたとの情報もあるが、今でも山下財宝の噂は時折聞きますが、この付近と謂えば石油かガス田狙いかと思われます。今年の初め、ついにパラワン本島南南西のバラバグ島近海から天然ガス田が見つかり話題となりました。
 
詳細に謂えばスルー~タウイタウイ~パラワンにかけてはリーフと呼ばれる海面が潮によって時間帯浮上したり沈んだりの水深6mを切る場所が非常に多く、また台風も来ないことから、昔から海洋漂流民族のバジャウが暮らしていました。
 
バジャウと謂えば皆さんのイメージではSPフェリーが港接岸時に近づいてくる半裸俗のイメージが多いと思いますが、本来のバジャウは船上で踊りを披露いたし、そのお礼に海面に向けてコインや食べ物を甲板から投げ入れるのが由来なんですが、最近のセブ、リロアン(南レイテ州) リパタ オサミズ ドゥマゲテ バコロド(バナゴ埠頭)で見かけるバジャウは単なる金欲しさだけが強調しただけに映ります。  
そして、今もフィリピン共和国とはいいながらも自治政府統治下であり満足にフィリピンが強く加担出来難い地域がこれらの地域です。 
  
伊藤さんがこの地で何を狙って生活していたのかは謎ですが、彼はモスリムの奥さんと結婚、改宗された身、参考の為に書きますと、フィリピンモスリムはクリスチャン+モスリムが結婚しますと改宗してモスリムとなります、つまり仏教徒+モスリムも同様でして通常であればモスリムは増え続ける仕組みです。 
  
よく見かけるフィリピン共和国の案内に国民全体の93%がクリスチャンと歌ってますが、事実とは明らかに違って後退し続けます。 
  
私が取材したモスリムの特に多く暮らす所はフィリピン政府が公式に発表したモスリム自治区以外に、かなりの広がりを見せております。 
ミンダナオ本島内の東ダヴァオ州州都マテ市を中心に太平洋沿岸に集中し、南スリガオ州境界付近まで、あるいは南ダヴァオ州の南端に向けた半島やサランガニ州も非常に多い、他スルタンクダラト州、南サンボアンガ州、南北コタバト州、特に北コタバト州北部のカルメン付近からブキドノン州境界付近にかけても多かった。  
 
また、パラワン本島の南部、ブロックスポイント町を越えれば最南端までは殆どがモスリム、当然ブグスク島、バンカラン島、バラバグ島もこぞってモソリムが多かった。従ってフィリピンの93%のクリスチャンは結婚によって相当数後退してもフリスチャンが増える事はない様です。 
 
パングタラン島の正確な位置を乗せたMapを掲載します、もう一枚の写真は私がパングタラン島から来たバンカーをホロ港で捉えた写真です。 
 
客さえあれば毎日往来があるとの話でした、パングタラン島には島南端にある程度纏まった集落がある意外後はバラバラに転々と家がある程度です。 
自然だけで謂えばボラレカイ島などは問題視ならないくらい美しい島なんですが、如何せん治安面では押せる場所ではありません、それにマラリアの脅威も御座います。 
 
第二次対戦では9000人の上陸部隊中3分の1がマラリアで戦死とも聞いてます、またモロ族を中心とする部族にもゲリラ攻撃を受けて3分の1程度戦死しているとも言われています。以前から他民族の支配下を嫌うと謂うより、スルー王国制が引かれていた為に自身の国と思いやる意識感が相応に持っていて守ると謂う考えがあるんだと感じました。 
Oc188
OC-119 Jolo IslandのJolo市から下のような船で3時間だそうです。
 
Oc188_2
バンカーとはなんとも小さな船ですね。命がけですね。こんな船で本当に行っているんですね。
 
以上、IOTAとは少し離れる情報ですが、Pangutaran Islandの状況を最もわかりやすく説明してありましたので投稿しました。この記事を読んでOC-188 DX8DXと交信するとまた感覚が変わると思いました。ご参考ください。

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