AS-069 UA0IAS/0 Iony Islandの思い出
昨晩、JA1EY 戸倉OMと表題のAS-069 UA0IAS/0に関しまして情報交換をしました。お互い、交信はしたが、クレジットされなかったという話題でした。
さっそく、情報交換後に調べてみました。
私のブログが一番わかりやすかったので掲載します。
この中に、「1998年8月にAS-059 UA0IAS/0と交信し、さらに9月にAS-069 UA0IAS、そしてなんと10月にはAS-044 UA0IASと立て続けに交信できました。そして、一番最初にSASEを送りましたAS-059をコンファームすることができました。」とありましたが、IOTA追加申請で却下されました。
IOTAプログラム上、そのクレジット率が10%未満の場合は上陸を証明する資料エビデンスを提出しなければならないルールにUA0IAS/0は、その対応をしていないとのことでした。もちろん強制ではありませんが、RSGBも適正、適格にプログラムを運用するために設けた基準であります。
その後AS-059とAS-044は他のオペレーションで満たされましたが、AS-069 Iony IslandだけはNo Creditとなってしまいました。私はどうしてもUA0IASにエビデンスを出してほしくてRSGB IOTA CP JA担当のJA9IFF中嶋さんに相談したことがあります。
その回答は運用半年後を目途にRSGB IOTA Committeeよりエビデンス提出のお願い文章が送られるというものでした。しかし、エビデンス提出がなされていないと判断し、IRCを入れて手紙をだしました。IOTAプログラムのコピーを添付したと思います。
昨晩、机の中からUA0IASの手紙を見つけました。そのまま残っていました。「証明書を拒否する」という内容でした。いまでは記念に残る手紙です。
また、昨晩のネット検索ではこのような記事も見つけました。
「UA0IAS - SILENT KEY
今日、1月28日には、それは2008年1月3日ウラジミールE. Kolodkinが長い闘病生活の後に死亡したことが知られるようになりました。彼のコールUA0IASはほとんど彼が率いる集団ラジオRZ0IWR、より空気中で鳴っていない。
男の多くはVolodyaはすべての彼の暇な時間を捧げ、様々な競技会、で彼らの手を試してみました。アスレチッククラブクリスタルは、かけがえのない損失を被りました。Volodyaは、電報を愛しパラトカマガダン地域の村からの通信と子供のこのタイプを教えてくれました。
それの永遠の記憶が私たちの心に残ります。彼は平和で休むことがあります...
ニコライ- RW0UM」
Google translateにて翻訳した状態の日本語を掲載しました。
これでUA0IAS/0が三つのIOTAからオンジエアしたという証明は永久になくなったことを確認できました。よくもまあ、UA0IASにお願いの手紙を出したものだと思いました。本気でAS-069のQSLカードが欲しかったんですね。もちろん、今でも欲しいです。
この出来事がIOTAプログラムの厳格性、楽しさ、そして素晴らしさを教えてくれることになりました。
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