IOTA-V/UHF ようやく42Worked、50まであと8件
仕事に明け暮れていました32年前の1993年2月に当時住んでいました鹿児島市にてJN6RZMのコールサインを取得しました。学生時代にJH6DVLをいただいたのですが、福岡、熊本、鹿児島と転勤するなかで免許更新を失念してしまい完全にハムを辞めました。福岡時代の友人のJA6EGLさんから時々お電話をいただいていました。学生時代に体験しましたCWが忘れられずハム再開というよりCW再開、さらに海外交流も再開することにしました。
ところが翌3月に福岡へ転勤となり、急であったために福岡でもマンション住まいを継続してしまいました。学生時代のように実家にタワーを建て、ビームアンテナを回すやり方には手を出せず、CWと海外交流に絞って小さなアンテナでマンションからのハム運用に切り替えました。その年のCQ誌11月号のアパマンハム特集に出会い、CWを楽しむことをメインに開局の準備に入りました。
1994年1月に100ワット機とベランダアンテナAPA-4を4階ベランダから振り出し、CWによる長時間交信、DXCCの7バンド、そしてIOTAチェイシングとハムライフを邁進しました。IOTAのおかげでJN6RZMにて32年も続いています。ベランダアンテナの限界による目標はIOTA700と決めていました。2016年に達成し、その後はIOTA申請者増による普及支援を行いました。2022年にJAがWを抜いて世界トップになりました。
2021年5月にはHFカテゴリに続いてIOTA-V/UHFカテゴリも申請者JAの世界トップを目指し開始しました。JAの素晴らしい仲間のご協力によりこちらも2023年1月にJAが世界トップになりました。残念ながら私はまだIOTA-VHFは3大陸50クレジットのIOTA-V/UHF50にも届きません。宣言をしてしまいましたのでQRZ.comのbiographyにその進捗を恥ずかしながら掲載しています。
昨日の昼過ぎに50MHzバンドが開き始めました。50102.06CWにて弱い信号が入ります。耳を澄ますとJAと交信しています。なかなかコールが取れなかったのですが、VK7??とコピー。すぐにTasmania Islandと判断しましたがIOTA番号がOC-006とやや不明確のため、IOTA directoryを開いて確認する。間違いなくOC-006、コールはVK7TOとコピーできました。JAと交信を終わった後、CQを出し始めました。
気持ちはわくわくドキドキしていました。4年半の6mライフで初めてVK7 Tasmaniaを聞いたからです。学生時代にVK7でトヨタ自動車の販売業をやっていたKeithさんを思い出したり、あこがれていた日本映画「タスマニア物語」を思い出したりしました。2回目のコールでJN6?のコールバック。半分やったと思いました。その後、JN6RZM 539が戻りました。
Condxが今一つのため、こちらもVK7TO 539を送り終了してしまいました。6mWhipではなく、APA-4に乗せたまま交信を終了しました。2025年は5件目のIOTA-VHF newです。すぐにVK7TOをQRZ.comやClubLogで確認しました。Matching未登録のようでしたので、数日以内にメールにて確認しMatching登録のお願いなど交流するつもりでいます。42Workedとなりました。あと8つでIOTA-VHF50を完成します。
FT8をやればもっと早く増やせますが、CWでワッチしながら楽しんでいます。
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