My towerは何処へ(タワー始末記)
この朝に十年来お付き合いしているハムの友人から久しぶりにメールが届きました。いきなり、「私は、タワーの撤去が一番の問題です。」と書いてありましたのでびっくりしました。ハムを辞められるのか、半分本気、半分冗談と思いました。大切な友達なので止めなければと思いました。
IOTAを通してたくさんの友人とお付き合いしましたが、海外の友人たちは意外とハリケーンにタワーがやられて倒壊したというお友達が数人いたことを思い出します。日本製のようにしっかり作っていないような感じもしますが、割合的に壊れた情報が世界各国からばらばらに入るからだと思いました。
10年前にJARLの活動でハム免許者の減少ストップの活動で43万局を何年か続けたことはありますが、2025年の現在は33万局と10版局が約10年で減少しています。年間1万局減少ペースが続いているようです。タワーを撤去したというJA局のお話は結構聞いています。
1970年4月に受験から解放されて、英会話の勉強をしたくハム免許取得にとりかかりました。CQ誌必読して、受信機FR-50Bを購入しワッチを楽しむようになりました。なんだかんだで開局したのが1972年7月でした。リグはFT-401SにSWL時代からの7メガ用ダイポールでした。その年の秋にはタワーを建てました。自立式三角タワーの2.75mX5本組で実家の裏庭に建てました。5万円(?)、大阪のメーカーだった。
当時は頼みもしないでも、10名くらいすぐに手伝いが集まりました。素人と数回体験者がいました。事前に基礎部に2.75m1本を半分くらいセメントで固め固定しました。Lusoの21MHz3エレ八木をあげローテーターで回しました。1st DXはJT0AEでチェコスロバキアからモンゴルに来られた局で21MHzSSBした。
ところが13メーターハイの21MHzモノバンド3ele八木では10ワットSSBで追いかけまわしてもパイルの山でほとんどコールバックを得られませんでした。半年ほどそのような状態が続き、1973年5月に21060付近CWでVVVを叩いていますとSM局からコールされびっくり。なんとか下手な交信を終えるとOHやLA局から立て続けにコールされ、CWの素晴らしさを体感しました。
ローカルのOMに質問してみると、欧米などでは「まずクラブ局にはいり、SWLとして例えば1000枚のQSLカードを得て、個人のSWL番号を申請でき、さらに個人のSWL番号でQSLカード1000枚ずつをCWとSSBで、それで初めてCWのみの免許受験資格云々」(枚数は概略)とちょうどハム人口の三角形がJAと欧米では逆になっていることに気づきました。そのため、CWでパイルを受けたことがわかりました。
そこから、学校から帰宅する夕方から夜遅くまでトンツクとんつくとCWを叩く毎日になりました。もちろん、すぐに2アマを取得し、電監検査を受けて100ワット運用になりました。当時はJE1HJJさんとJE1JKL(also 9M6NA)さんが私と同様にトンツクトンツクと毎晩聞こえていました。
学生時代にハムを始めた方に必ず訪れる就職、転勤、結婚などの人生のルーティンがやってきます。私も福岡で就職し、1976年に熊本へ転勤しました。この時点でタワーに乗せていたTH3-jrトライバンド3エレ八木は熊本へ持っていき、事実上立ちっぱなしのタワーになってしまいました。それからは九州に台風が接近するたびに後ろ髪を引かれるような思いになり、「どうかタワーが倒れませんように」と祈っていました。
仕事がますます面白く忙しくなり、無線のコールサインも失念して流してしまい、タワーを処分したくなりました。鹿児島に転勤した後と思います。大学の助手をされていましたJA6DHSさんに事情をお話しました。なんと大学の無線部が引き取ってくれることになりました。ただし、2.75m X 4本と建設用足場木材1本です。基礎部に使用した2.75m1本はコンクリートで固めていたため取り出せずそのままでした。
1993年にJN6RZMを取得しましたが、直後に鹿児島から福岡へ転勤しました。少し仕事にゆとりが出たため、CWのトンツクとんつくを無性にしたくなってきました。CQ誌のアパマン特集を読まさせていただきマンションからでもアンテナをあげて工夫しオンエアできることを知りました。翌94年1月に最も安価であったFT-840とミニマルチのAPA-4で再開局できました。CWはカツミのEK-15の中古を手に入れました。
1998年に実家が道路拡張で立て直すことになりました。父より「残った1本のタワー土台を引き抜いたら大きな穴になって埋め直すのに云々」と言っていました。立ち会わず、費用も払わなくてなんとも無責任なタワーの始末で終わりました。実際ならば撤去費用は5~10万円くらいは現在ではかかりそうな気がします。土台が大きければ高くなり、面倒なのでそのまま残しているという声も聞いたことがあります。
以上、マイタワー始末記でした。
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