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2026年10月

2026年10月10日 (土)

IOTAを始めるきっかけを作ってくれた局を探し出しました

1994年2月に100ワット機と5階ベランダからAPA-4を振り出して再開局しました。アパマンアンテナでどれくらいDXをできるものやら不安でしたが、CWでは結構聞こえていましたのでとにかく呼びまわっていました。1995年9月に1年後半後に近くの11階建ての4階にQSYしましたが、一軒家にタワーを建てることも考えましたが諸般の事情でアパマンハムを続けることになりました。

IOTAチェイシングを始めた1997年5月から29年経過していますが、アパマン100ワットでよくもまあこんなに続いたものだと思っています。そのきっかけを作ってくれたのがイスラエルの局と朧気に覚えていましたので、この朝に電子ログで過去ログを検索していましたら、急にこの局を明確にしたいと思いました。

頭が"4"を覚えていましたのでコールサイン検索で片っ端から探してみました。10分ほどでありました。再開局して7か月後の1994年9月15日0004JSTに4Z4DXと14MHzCWにてつながり599/599を交換していました。0010JSTに終了していましたのである程度の情報交換をしていることは間違いありません。紙ログにDov(Handle) 、IOTA AS077(My IOTA No.)、QSL buro, 960613rcvとありました。

Dovさんは単純に彼のIOTAチェイシングとしてIOTA番号の多いJA6エリアの局にIOTA番号を確認していたようです。私は朧気でしたがAS077と返信するとともにRMKSに「IOTA AS077」と記載していました。そのあたりの情報交換を6分間の間でしたと記憶しています。まだDXCCベースの頭でしたのでログ余白にはVE97、7Q798カントリーと記載しています。

珍しくないAS077でしたのでQSLはBureau交換となり、1年9か月後に受領しました。再開局して7か月でしたので、「イスラエルの局が私にIOTA番号を聞いてきた」ということだけが32年も頭の片隅に残っていました。

当時はCQ出版社発行のDXノートにどんどん転記して楽しんでいました。IOTAも片隅でしたのでコールサインなども忘れていました。しかし、この交信後に新規に印刷したカードには「AS-077 Kyushu Island」を大きくプリントしました。現在のQSLカードに継承しています。

かなりのハイペースで7/14/21MHzのDXCC100を達成し、28MHzはEU大オープン時に、10/18/24MHzもAPA-4に無理やり乗せて7バンドで100カントリ到達してしまいました。年度ごとに1月1日からDXCCを開始し、100C達成をいつ到達するかをチャレンジしていましたが、最後は好コンディションのおかげで40日で達成しました。しかし、逆に無線の楽しみに不安を感じていました。

それでもIOTAにはとりかかれず、「私の頭の中にIOTAは単に島でしょう。DXCCは国ですよ」という変なプライドがありました。1997年4月にCQ出版社へ1500円分の切手を送り、日本語版IOTA Directory1997を送っていただきました。5月1日からの連休にログからリスト作りと夢中になってしまいました。今では電子ログから簡単にマッチングができるようになりました。

私のハムライフが学生時代のJH6DVLが5年くらいでQRTしてしまいましたが、IOTAチェイシングにより来年5月で丸30年になります。40歳代前半だったのですが、まもなく後期高齢者の領域に入ります。よくもまあこんなに長く楽しめたものだと改めて感謝しています。4Z4DX Dovさんへこの文章を送ってお礼を伝えます。

2026年10月 8日 (木)

IOTA-VHF AS-128 3W9C Hon Son Island 50MHz QSLカード到着

2026年9月に実施されました表題のAS-128 3W9Cと9月9日に6mCWにて交信し、10月6日にQSLカードがSP5APW Jacekさんから到着しました。My IOTA-V/UHFは44/44となりました。

Image_20261008_0001

QSLカードの表面はすでにFacebookなどで紹介されていますので裏面のデータ面を紹介します。

実は気になることがあります。SP5APW Jacekさんは8月末の東京ハムフェア2026にも奥様とご一緒に参加され、VE3LYC Cezarさんをはじめ多くのJAのIOTAチェイサーとアイボールされとても楽しかったとおっしゃっていました。その中でFacebookのJacekさんの東京ハムフェア紹介コーナーの写真に見慣れない局とのツーショット写真を見つけました。ネームプレートにJG1TSGとありました。

驚きました。6mのDXレポートではピカイチの量に質を伴ったレポートをクラスターにあげてくださり、私のIOTA-VHFへのチャレンジの道しるべとなる情報をご提供いただいています。ハンサムな方で私とあまり年が変わらないかなと思ったり。千葉の山中のビッグアンテナと4階ベランダからのAPA-4アンテナに無理やり6mを乗せている私とはまさに月とスッポン以上の違いと思います。

ローカルの6m onlyでIOTAを楽しまれているJH6BPGさんやその影響を受けられて現在JAのIOTA-VHFトップスコアの佐賀のJA6RJK森さんがIOTA-V/UHFを申請され、IOTA-V/UHFカテゴリが世界的にも盛り上がりを見せてきました。スッポンの私から月であるTSGさんへの希望とお願いをかかえていましたが、いつもJG1TSGさんがIOTA-V/UHFを申請され加わっていただきたいなと思っていました。

なんと、上記のQSLカード左下にJacekさんが「I would like to express my gratitude to Kazu JG1TSG for his generous donation towards this activation.」と刷り込んでありました。ご一緒に東京ハムフェアでのツーショット写真の理由が分かりました。私もドネーションを20USD送りました。(笑い) TSGさんとJacekさんの深いつながりを感じました。

毎朝、毎日、毎夕、毎晩、6mのクラスターレポートにはJG1TSGのコールサインによりレポートいただいています。今週にはRemarks欄にIOTAやAS-XXXと入力されるようになりました。

Jacekさんも6mCWでのサービスも続けたいと言われています。まだまだ旅行は続きそうです。JA-IOTA-VHFのスコアアップに大きく貢献していただけると思います。

2026年10月 4日 (日)

幻(?)のAS-067とAS-056 operation

昨日のFacebookに私の住む福岡市ローカル局のJA6VZB森山さんが「アルバム『宇治群島IOTA-AS67 ペディション1996.4.28』」という記事を掲載され、宇治島の写真を4枚添付されていました。メッセージには「46QSO、ダイビングのついでのため少ない交信数」とありました。

すぐにIOTA LtdウエブのAS-067を調べて、クレジットの有無を調べましたが未登録でした。46QSOsの皆さんのIOTAクレジットを可能にできそうですが、すでに1996年の30年前の運用でした。

2011年9月29日にCP JAの中嶋さんに福岡においでいただき「IOTA meeting in Fukuoka」を開催しました時に参加者のJF6TEU有田さんと、二次会から参加のJA6VDB尾前さんもご一緒にAS-067を2012年5月に実施された分のIOTA LtdウエブのActivationsに/6にて確認できました。

JA6VZBさんへその旨をコメントしてIOTA Ltdウエブへの登録の検討をされてはと伝えましたところ、なんとなんと「AS-056も2001年7月28日に実施し91QSOs。ログはあっても写真がなし。まさか証拠が必要とか思ってなかった」とのご返事でした。

私のAS-056とAS-067交信の思いを伝えましたら、各島への費用を調べられ、一緒に行きませんかと言ってこられました。(笑い)

当時はCQ誌でJE1DXCさんがIOTAのエディターで2年間くらい毎月担当記事を、1997年12月にはCQ誌とJARLニュースにてIOTA CP JAの設置が大々的に報告されましたので、海外運用は全員がIOTAの内容を知っているという感覚でいました。

おそらく、AS-076(宇治・草垣諸島)の46QSOsとAS-056(男女群島)の91QSOsは未クレジットのままで日の目を見ないで終わりそうです。

 

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